生物の個体の情報はすべて、DNA上の遺伝子が持っています。身体中のすべての細胞が同じ情報を共有しているにもかかわらず、細胞ごとに違った機能を持つことができるのは、細胞の役割に応じて遺伝子のスイッチをオン/オフできるためです。それによって、皮膚の細胞は脳の細胞と違った役割を果たすことができるのです。
遺伝子にはそれぞれ調節領域(調節する遺伝子のオン/オフを決めるDNA配列)があります。スイッチがオンの時、遺伝子はタンパク質を作ります。タンパク質こそが細胞の中で働く分子です。遺伝子のオン/オフを切り替えるのは、転写因子という特殊なタンパク質です。転写因子は遺伝子の調節領域にくっつき、スイッチをオンにすることができます。転写因子もタンパク質なのですから、転写因子自身もDNAのどこかに存在する遺伝子によって作られるということです。
酵母(イースト)はケーキをふわふわにしたりアルコールを醸造したりするのにも利用されている微生物ですが、酵母も転写因子や遺伝子を持っています。酵母の持つGal4という転写因子はUAS (Upstream Activation Sequence)という調節領域にくっつきます。
まず、酵母のGal4遺伝子を取ってきて、ハエの遺伝子の調節領域の後ろにくっつけるという遺伝子操作をします。また別のハエには、酵母のUAS 配列を持ってきて、任意の遺伝子を後ろにくっつけてDNAに組み込みます。くっつける遺伝子は何でも可能です。植物の遺伝子でも、動物でもヒトの遺伝子でも入れることができます。このようにUAS 配列の後ろに置く遺伝子をエフェクター遺伝子と呼びます。
さて、以上のようにして2種類のハエができあがりました。ひとつはドライバーと呼ばれる、ハエの遺伝子の調節領域の調節を受けてGal4タンパクを作り出すハエです(ドライブという単語には本来、動かす・駆り立てるといった意味があります)。つまり、本来のハエの遺伝子が発現する場所で一緒にGal4タンパクが作られるということです。しかしこのハエはGal4タンパクがくっつくべきUAS 配列をもっていないので、作られたGal4 タンパクは何もできません。一方、もうひとつのハエはエフェクターと呼ばれる、UAS 配列とエフェクター遺伝子を持ったハエです。しかしこのハエも、UASを活性化させるためのGal4 を持たないため、エフェクター遺伝子は発現しません。
しかし2種類のハエを交配してできた子孫は、一対のGal4 遺伝子とUAS配列にくっついたエフェクター遺伝子を両親から受け継ぐことになります。つまりこの子孫のハエではGal4タンパクがUAS配列にくっつき、そしてエフェクター遺伝子のスイッチをオンに切り替えることができるのです。しかもこの時エフェクター遺伝子が発現するのはGal4 タンパクが作られる細胞のみです。
このようにして、ハエのどの細胞にでも、好きな遺伝子を組み込んで発現させることができるのです。この方法を活用して遺伝子の機能を調べることができます。もしくは、発現させた遺伝子によって細胞をコントロールすることもできます。例えば、細胞を緑色に光らせたり、細胞を殺したり、はたまた脳細胞を遠隔操作したりもできるのです。このGal4/UASシステムの開発によって、可能性は無限大に広がったと言えるでしょう。